2022年08月09日

【技術顧問の小話 #002】HDDの新技術は量産化されるのか

【技術顧問の小話 #002】HDDの新技術は量産化されるのか

 

ヘリウム充填という新技術は、10枚プラッタをフル活用した従来方式の垂直磁化型(CMR:Conventional Magnetic Recording)のHDD容量を20TBまで増大させました。一方、もう一つの新技術である瓦記録(SMR:Shingled Magnetic Recording)は、一時的には製品化が進んだもののの、書き込み速度に難点があるため、現在では主流ではなくなってしまったと言っても過言ではないでしょう。その他にも、HDDの大容量化にはいくつかの新技術が存在し、それらを採用したサンプル製品の出荷の動きがあります。今日はそれらの技術について紹介します。

 

1.熱アシスト記録(HAMR:Heat Assisted Magnetic Recording):

現在のHDDは、記録されるプラッタの磁気材料にしても、記録するための磁気ヘッドの構造にしても、これ以上小さくすることが不可能な限界状態に達していると考えられています。この状況を打破するために何かを変える必要があります。

 

熱アシスト記録(HAMR)は、ヘッドの小型化により弱くなってしまう磁束でも安定してデータを書き込めることを目的に考案された技術です。磁性体は加熱されると磁気特性が低下し、弱い磁束密度でも磁化することができるという特性を利用し、データ(ビット)を書き込む場所を局部的に500℃程度まで加熱します。そこに磁気ヘッドで書き込みを行うことで、ビット寸法の小型化を実現します。加熱される寸法は当然一桁ナノメートル台の微小サイズとなり、加熱する手段としては、レンズなどの光学系技術の応用で極小サイズに絞り込むことの出来るレーザが自動的に選ばれることになります。

 

2.マイクロ波アシスト磁気記録(MAMR:Microwave Assisted Magnetic Recording):

Seagate、WD、東芝は上記のHAMRと共に、マイクロ波アシスト磁気記録(MAMR)の研究開発を進めています。MAMRでは書き込みヘッド上にレーザ等の過熱用の部材を必要としないため、HAMRより製品化が容易であると判断しているように見えます。MAMRは、現在主流である垂直磁化と同様の構造を持つヘッドに、直流電流を流すと高周波が発生する磁気抵抗素子「スピントルク発振素子」を併設しています。これにより発生するマイクロ波の「強磁性共鳴」現象を重畳させることによって、低磁界でもデータの書き込みを可能にしています。

 

3.パターンドメディア:

パターンドメディアとは、HDDなどに用いられる磁性粒子を、人工的に規則正しく並べた記録媒体のことです。現在の磁気記録媒体は、ガラスやアルミなどの金属の上に磁性体の被膜を蒸着する構造となっているため、下図の左側に示すように複数の磁性粒子で単一の記録ビットを形成します。しかし記録密度が高くなると、隣接した粒子との相互干渉によって安定状態を保つことが困難になるという、物性的な限界に達してしまうのです。下図の右側に示すように、磁性粒子1つにつき1ビットの記録となるように人工的に磁性体の粒子を並べることで、隣接粒子との相互干渉を防止し、従来の記憶媒体よりも大容量化することを可能にするのがこの技術です。

パターンドメディアとは

 

これらの技術が、これからのHDDの大容量化技術として発表されてから既に10数年が経過していますが、いまだにサンプル出荷にとどまり、新製品化(量産化)はされていません。米国のHDD製造業者の求人情報では、10数年前から継続的に「エネルギーアシスト記録研究担当者」を明示した募集が目につくので、製品化を目指していること自体は間違いないでしょう。しかし、HDD製造業者の上層部に属する人からの情報によると、今回紹介したような新技術を採用したHDDは「製品を作ることはできるが、製造コストに問題があるので、製品化して発売する可能性は低いと言わざるを得ない」そうです。

 

SSDがエンタープライズ用としてもシェアを広げ、HDDを超える大容量製品(※1)やワンチップSSDが販売されている現在では、もう一つの大容量化の技術である「パターンドメディア」でも同じことだと思われます。

 

※1 SSDは既に、2.5インチサイズに30TBを押し込んだ製品(PM1643)がSAMSUNGにより量産・販売されている。

 

これらの新技術を用いたHDD(現存するサンプル出荷品も含む)は、磁気特性が現在のHDDとは異なるため、「既存の外部磁気(磁束)によるデータ消去装置」では、データを完全に抹消する事が出来ませんのでご注意ください。

 

【著作権は、沼田理氏に帰属します】

 

 


 

沼田理氏
沼田 理(ぬまた まこと)
データ復旧・データ消去のスペシャリスト。データ適正消去実行証明協議会(ADEC)技術顧問。技術情報、web原稿の提供、IDF(デジタル・フォレンジック研究会)講師などを務める。神奈川県情報流出事件以降は、新ガイドライン作成へ向けた行政からの技術諮問に応じるなど活動中。2020年2月より、株式会社ゲットイットの技術顧問に就任。

執筆文献:「データ抹消に関する米国文書(規格)及びHDD、SSD の技術解説」「ADEC データ消去技術ガイドブック 第2版」他。