2022年、人類は過去最高の6200万トンの電子ごみ(E-Waste)を生み出しました(※1)。これは40トントラック155万台分に相当し、このトラックの隊列は赤道をぐるりと一周してしまいます。背景にあるのは、世界の急速なデジタル化です。多くの人が複数のICT機器を所有し、おもちゃや装飾品までもが電子化しています。電子ごみのリサイクル量も増えていますが、排出量の増加量がリサイクル増加量の5倍も多いのです(図1)。
図1 The global E-waste Monitor 2024を元に作成
資源を採掘し、モノを製造・販売し、廃棄するという一方向の流れを前提とする経済は、線形経済(リニアエコノミー)と呼ばれます。それに対して、資源を可能な限り循環させることを前提とした経済モデルが、循環経済(サーキュラーエコノミー)です(図2)。
図2
サーキュラーエコノミーの観点は、温室効果ガスを削減し脱炭素化を進める上でも重要です。地球上の資源は有限であり、資源の枯渇は脱炭素化の妨げにもなりかねません。例えば、ガソリン車から再エネで充電する電気自動車に切り替えることは脱炭素化を推進するといわれますが、電気自動車に欠かせないバッテリーの製造には、リチウムやコバルトなどの希少金属が使われています(※2)。これらの資源は埋蔵量が少なく、また産出国が偏っているため、環境的・経済的・政治的なリスクをはらんでいます。ひとたび資源問題が発生すれば、再エネや電気自動車への移行は進まず、脱炭素化も後退してしまうことになりかねません。日本では、資源循環と脱炭素が異なるトピックとして語られることも多いですが、持続可能な発展のためには両方の視点を併せもつ必要があるのです。
2024年4月にベルギーで開催された国際会議、World Circular Economy Forum 2024(※3)では、168国から約1500人が参加し、サーキュラーエコノミーの観点からGXを進めていく重要性を改めて確認しました。いくつかの事例を紹介しましょう。
Appleの事例
Apple社は、サーキュラーエコノミーをイノベーションの核としてとらえる企業の1つです(※4)。同社は2030年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする目標を掲げており、資源循環はその取り組みの中でもとくに重要視している項目の1つです。デザイン・設計などサプライチェーンの上流においては、リサイクル素材や再生可能素材の使用比率を高める取り組みを続けています。最新のMacbook Air 13インチ、15インチは、同社にとってリサイクル素材の使用率が全体の50%を越えた初めての製品となりました(※4)。サプライチェーンの下流工程では、独自に開発したロボットがiPhoneを解体し、レベルの高いリサイクルを実現しています。このように、資源循環を高めサプライチェーンのループを閉じる(Close the loop)ための取り組みは、同社のイノベーションとも密接に関わっているのです。
HPEの事例
HPE社も、サーキュラーエコノミーを気候変動対策への原動力と位置付け、精力的に実践している企業です(※4)。同社は2040年のネットゼロ目標に先んじて、2030年までに製品や梱包材の75%を循環資源に置き換えることを目標に掲げています。この目標はさらに①製造時の「リサイクル素材の使用」や②「資源効率化」、③使用時の「耐用年数の延伸」や④「所有から使用への移行」、処分時の⑤「再資源化」の5つに分けられます。HPE Renewというサービスは、HPE社自らが耐用年数の延伸に取り組んでいる事例です。Renewサービスでは、中古品を再整備し、正規品として証明し、補償付きで提供します(※5)。このような取り組みは、同社の75%目標に貢献するとともに、新しいビジネスの機会を創出し、ユーザーの満足度を高めることにもつながっています。
オランダの事例
オランダはヨーロッパの中でもサーキュラーエコノミーの先進国です。特に首都のアムステルダムは、「2050年までに循環経済への完全移行」を目指しており(※6)、英国の経済学者が提唱する新しい経済の概念「ドーナツ経済(※7)」を世界で初めて採択した都市として知られています。リユースやリサイクルを促進するために、オランダ政府も積極的に介入しています。その例が「バイヤーグループ」の取り組みです。2020年、オランダではサーキュラーエコノミーにつながる購入を促進するため、政府主導で13のバイヤーグループが発足しました(※8)。これらのグループは、土木、建築、ICTなど、それぞれの市場に特徴的な環境要件を特定し、サステナブルな調達基準のガイドラインを定めています。例えば、ICT機器のバイヤーグループのガイドラインでは、ICT機器の修理のし易さに加えて、機器処分の際に機器が適切にリユースまたはリサイクルされることが担保されるか、などもサプライヤー選定における重要な評価項目として定義しています(※9)。
日本においては、サーキュラーエコノミーへの取り組みはまだ始まったばかりです。2022年より、経済産業省が主導するタスクフォースが始動しました(※10)。経済産業省は、サーキュラーエコノミーを成長戦略として位置付け、日本における関連市場は2030年に80兆円まで拡大すると予測しています(図3)。
図3 経済産業省ウェブサイトより作成
産官学を横断するワーキンググループも組織され、循環型社会へ向けた基礎作りが始まっています。持続可能な発展を実現するのは温室効果ガス対策だけではありません。資源循環、サーキュラーエコノミーの実現という観点が、日本のGX戦略においてもようやく実装され始めたといえるでしょう。