流れるように、水のように -「映画部」3月の活動報告

こんにちは。
3月の映画部は、もともと『幼女戦記』を観に行く予定でしたが、
よくよく調べたら上映映画館と上映時間が、仕事終わりに行くには都合が悪いと判明し、
急遽、DVD上映会となりました。
部員以外でも2名の参加があり、すごく嬉しかったです。

今回上映したのは、『シェイプ・オブ・ウォーター』
ギレルモ・デル・トロ監督の作品で、アカデミー賞作品賞などの受賞作です。
シェイプ・オブ・ウォーター
「映画.com」より引用(https://eiga.com/movie/87780/special/)

(以下、ネタばれを含みますのでご注意ください)

1962年、アメリカ。政府の極秘研究所で清掃員として働くイライザはある日、
施設に運び込まれた不思議な生きものを清掃の合間に盗み見てしまう。
“彼”の奇妙だが、どこか魅惑的な姿に心を奪われた彼女は、周囲の目を盗んで会いに行くようになる。
幼い頃のトラウマからイライザは声が出せないが、”彼”とのコミュニケーションに言葉は必要なかった。
次第に二人は心を通わせ始めるが、イライザは間もなく”彼”が実験の犠牲になることを知ってしまう。
“彼”を救うため、彼女は国を相手に立ち上がるのだが–。

『シェイプ・オブ・ウォーター』オフィシャルサイト(20世紀フォックス)より引用(http://www.foxmovies-jp.com/shapeofwater/ )

私はあまり、「この監督の作品だから観たい」と思ことはなく、あらすじや予告が気になったから、とか、周囲からお勧めされたから観る、ということの方が多いです。
映画好きにはなれても、知識豊富な映画オタクにはなれないタイプです。
なので、同監督作品である『パンズ・ラビリンス』も以前、個人的に観たことがありましたが、同監督作品だということは、上映にあたって調べるまで全く頭のなかでつながりませんでした。
しかし知ってからはドキドキ。
以前、なんの覚悟もなく『パンズ・ラビリンス』を観た際は、その後予定していた作業をすべてキャンセルしてその世界観に強制的に浸ることになりました。
抜け出したくても抜け出せなかったのです。
(幸いキャンセルした作業は、他人に迷惑をかけるような内容ではありませんでした。)。
同監督作品となると、
月曜の夜に観てしまって大丈夫だろうか?
参加者の1週間の気分にかなり影響を及ぼすのではないか?
と心のなかが少々ざわつきましたが、みなさん平気そうでした。
また、個人的には『パンズ・ラビリンス』とは趣が違い、”ショック”は少なかったです。

 

観終わったあと、参加者の間で「あの結末はどういうことか」とか、お手洗いのシーンについてとか(これについて一番盛り上がったかも?) 色々話したのですが、ここでは解釈云々については割愛したいと思います。

 

私は今回の映画で、はじめて「ティール色」という名前を知りました。
日本語だと「鴨の羽色」というらしいです(“teal”がそもそも”コガモ”を意味します)。
鴨が青緑色っていうイメージはありませんでしたが、調べてみるとたしかに…。

ティール色

このティール色が、本作品ではかなり使われています。水の色、清掃員の制服の色、キャデラックの色…。
(キャデラックといえば、『キャデラック・レコード』という映画も好きです。)

イライザのカチューシャの色も、ティール色が使われていることもあったように思います。
ただ、イライザはカチューシャがに変わるなど、だんだんと(だったかは記憶が定かでないですが)、身につけるものに赤色が入ってきます。
そして最後のシーンでは、靴もコートも赤です。海と”彼”のティール色とイライザの赤色。
その意味合いについて色々と考えられますが、とにかくこの色の使い方にうっとりとため息が出ます。

 

最初は、なんだか色々な部分をさらっと流していくなぁ、さらっとしすぎな感じもするなぁ。と思っていたのですが、”水”というテーマを思い出すと、なんだか妙に納得しました。
流れる水のように流れていく物語。
監督は、

「男女の愛やロマンチックな愛、友情、仕事や科学に対する愛。または、誰かのために何かを行う(献身的・自己犠牲的な)愛。”愛”というのはさまざまな形を持っている。水も同じだよね。決まった形がなく、色々な形になる。僕は、”愛”と”水”は同じだと思っているんだ。(本作では)愛の可能性について探りたかったんだよ」

「映画.com」より引用(https://eiga.com/news/20180227/13/)

とインタビューで語っています。

私は最後、地上に残されたジャイルズとゼルダのことが気になって仕方ありませんでした。
そもそも、駆け付けた警察は彼らにどういう対応を取ったのでしょうか。
仮に無事だったとして、ふたりで時おり会っては、イライザと”彼”のことを語り合うのでしょうか。
あの後のふたりの生活を思うと、しんみりとしちゃいます。